「無事(ぶじ)」
12月になり、歳の終わりが近づいてきました。
今年を振り返り、来年への繋がりを考える…古人からの慣習と言えます。
12月によく使われる禅語として「無事」があります。
「無事」は普通の辞書を引くと「取り立てて言うほどの変わったことがないこと。ひまなこと。何もしないこと。」などとあります。「何もないことは佳いこと」と日常では肯定的に使っています。
茶席にこの言葉が掛けてあったら、「一年間無事で過ごせたことを寿ぎましょう。」ということと思ってOKですが…
ここでは、禅的解釈を少しだけ解説してみます。まだまだ修行中の身では、とても「無事」の境地にはたどり着けませんが。
「無事」は「むじ」とも読みます。むじ、のほうが禅語っぽい読み方と思ってしまいますが、どちらでもいいようです。
仏教で「無事」は、「煩悩やこだわりがなく、本来の仏としての自分に目覚め、心が穏やかで安定した状態」「何かが起こっても、普段と変わりのないように過ごせる境地」を意味します。
人生、良いことが起こっても、悪いことが起こっても、一喜一憂せずに平然と生きていける境地が「無事」ということです。
俗っぽく言えば、他人は自分のことをどう思っているか、とか、あいつには負けたくない、自分のほうが優れている、とか、今の生活でいいのだろうか、自分にはもっと向いている道があるんじゃないか、とか考えずに、自分の内面を見つめ、自分を信じる境地に到達できてこそ「無事」である、ということでしょう。
相変わらず、禅語は難しいですね。
(2025.12.21 補)
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