今日の軸:「忙中閑(ぼうちゅうかん)」賛
年末になり、なんとなく気ぜわしくなってきました。
なぜ、年末がそんな気になるのでしょうか。
「別に新年に客がくるわけでもないから掃除なんていらないし、おせちなんて出来合いを買ってくればいいじゃないか」と思うかどうか、は個人の自由ではあるのですが、やはり、日本人として生まれ、日本という国に育ち、(たぶん)日本人的思考が身についている私たちは、先人たちが新年をどういう気持ちで迎えていたか、を知っておくのもいいのではないか、と思います。
「人は何故、新年を祝うのか」と言うような疑問を生成AIに聞いてみてください。伝統的なことのほかに、新年に対する日本と外国の考え方の違いなども知っておくといいでしょう。
さて、本題です。
「忙中閑」は日常的には「忙中閑あり」と言います。
「閑」はヒマではなく、「心が静かな、おだやかなこと」で「実際の時間」を意味します。
「忙しい最中にも、わずかながら心のゆとりある静かな時間がある」という意味で、「忙しいときにこそ、わずかでも心のゆとりや静かな時間を持つべき」というようにも変化します。
『賛』とは:
『讃』とも書きます。『賛』は、言葉・詞(ことば)を添えて助けることですが、絵+詞の形式のものを言います。
唐時代からの呼び方で、のちには、「題」とか「祓(はらえ)」とか呼ばれるようになったと言います。この表現方法は、中国での山水画のジャンルの一つの詩画一致の思想に基づき描かれたものからきていて、日本では奈良時代頃から使われてきました。後世、漢詩が和歌になってもOKになっていきます。
茶会では、本席に掛けられるよりも、待合(茶会に参加するときに、初めの通される部屋)などに掛けられる色紙で見られることが多く、カジュアルな感じですが、お正月などには本席で富士山の日の出とか宝船の絵に詞が添えられているものも掛けられたりします。